私が福祉の世界に入ったのは30年も昔のことですが、当時からこれまでずっと不可解に感じていたことがあります。労働集約型の業界にはよくあることなのかもしれないのですが、この業界の人達って新しくやってきたスタッフに不寛容なのですよ。
私は1993年、細川内閣が出来た頃に介護業界に転職しました。特別養護老人ホームです。特養ホームはたいてい街から外れた寂しい畑の中にあるものなのですが寂しい思いをしました。
当時、28歳だったと記憶しているのですが、入職時(初めの1ヶ月目は研修という扱いだった)の周囲が冷たい。老人ホームという建物には「寮母室」と呼ばれる詰め所があり、そこで記録を書いたり休憩したりします。利用者にはみえないバックヤードは冷蔵庫や畳のスペースがあり、布団があって仮眠をとったりもします。日勤帯においても休憩時間は決められていて、おむつ交換後にお茶を飲むといった15分刻みのタイムテーブルにスタッフは沿って行動します。ひと汗書いて寮母室に入ってからのお茶タイムに、なんともいえない張り詰めた空気が漂うことがあるのです。まず、どこに座ったらよいのかわからない。その日の空気感を決めるのは日勤帯の格付の筆頭者で決まるのですが、上位の者が座ってくれないと新人は座れないものです。まだ動いている人がいるのに自分だけ休憩できないし、ポジション取りの問題もあります。「寮母室」の設計にもよるのですが、うっかりある椅子に座っていると「なんでお前がそこに座っているんだよ!」という圧がかかることがあります。皆さん、仲の良い者同士近くで休みたいのです。上位の人がなかなか休憩しないので、それではこちらも時間差で「少し遅れて寮母室に行くか」と思いそのように行動すると、スタッフは全員座っていて、お茶を前にして、「お前が来ないから休憩できないだろ!」という空気になっていることもありました。寮母室に入るタイミングとポジション取りにとても気を使うわけで「それなら休憩しなくていいか」と思ってもそういうわけにもいかないのです。全員揃って休憩せねばならぬ。これはストレスフルです。
私は新橋に本社があるホワイトカラーっぽい業界から転職したわけなのですが、そこからして気に入らない職員がいるのですね。ここまで書いて、読み手の皆さんは「女の職場あるある」として認識されている方が多いと思いますが男性も同様なのです。90年代の介護施設は、それはとても閉鎖的な場所でした。私はまずは介護の現場がどのようなものかを知りたいというモードなわけですが、その姿勢が気にくわないのです彼らは。男性職員には私に対して卑下した精神があり、いじめたくなるのです。東京圏の職場でしたが、人里離れたホームの近くまでやって来ると「ここは東北地方ではなかろうか…」といった錯覚を覚えました。実際、東北出身者の割合が多く、その中には陰湿な人が何人もいたのです。もちろん千葉出身のいじわるな人もいました。ここで一句。
「つけ火して 煙よろこぶ 田舎者 (かつを)」
私は猿山を連想しました。私は最下位の位置なのでそのように振る舞わなくてはならないのです。意地悪されながらもおしゃべりなところがある私も大概な人物なのですが、ある時の私の発言が職場を炎上させました。
「寮夫さん(男性介護職)のステップアッププランってどうなっているのですか?」
要するに男性ケアワーカーはいつまでケアワーカーなのか、その上の役職等はどうなっているのだ?という素朴な疑問です。これは女性の前での発言だったのですがあっというまにホーム中に噂話は広まっていたのでした。これは触れてはいけないことだったのですね。
私は結構、あからさまに無視をされました。ホント、思い出しても嫌な気分になります。
一ヶ月間の研修期間を終えて事務長に呼ばれました。「どうする?正式に社員になる?」
私は(あまりスタッフに歓迎されていないようですがそれでもいいですか?)と応答しました。事務長はそんなことはどうでもいいといった様子で結局そのまま入職したのです。
私がなぜ、その職場に居続けられたのか。(じつはその後、6年半も居ることになったのです)
介護主任のお年頃の女性が私を支持してくれたのです。猿山の世界ではそれで決まりです。
ボス猿に反対する女性スタッフはいませんので。
特養から老健の相談員に転じると、そこで待っていたのは意地悪な准看護師たちです。老健は介護職の上に看護職がヒエラルキーとして上にあるのですが「相談員」なんていうのは医療の資格ではありませんから彼らは下に見るわけです。40代のバツイチシングルマザーの喫煙者が多かったな、准看護師って。ここでも私は女性に助けられました。看護師長(当時の呼び名は看護婦長でこの人は正看護師)に可愛がられたのです。やはり猿山ですからボス猿の意向は下達されます。入退所の判定会議においては看護師長と相談員は仲良くすることがお互いに得策です。50代の婦長さんでしたが話の分かる人でよかった。
今は私自身が職員を管理する立場になって強く思うのは、かつてのような職場にひだまりのいえをしたくないのです。当時の事務長はどうしていたのか、思い返すと古参の女性職員には注意ができないのですよ。何も自ら火中の栗を拾うことなどなく「しれっと」しているわけです。その背後で虐められて退職する新人もいるわけです。組織内で問題が発生していても問題として捉えたくなかったのでしょう。それがひどいと新陳代謝が進まなくて「いい人」が去っていく職場になってしまうのです。
これは永遠の課題でしょうか。
ここで私の偏見が思い切り入るのですが、田舎より都市部のほうが新参者に優しいし、高卒の職場より大卒の職場のほうが新参者には優しかったですね。
こんなことを書くと、数日後に、ホーム内で叩かれそうだな…。まあいいや。
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