福祉の仕事は他者への支援という意味で宗教活動にも似ています。かつて働いていたプロテスタント教会系の法人は、まさに「神の愛」的な崇高な理念により施設運営がなされていました。バザーが盛んで近隣住民を招いては屋台も出して、福祉まつりを一年に一度開催していました。バザーの収益は献金というかたちで処理されるわけですが、そのお金が会計上どこへいっていたのか私には知る由はありませんでした。敬虔な信者である施設長や数人の信者にとっては大切な催しなので、私達、信者でない者も付き合っていましたね。「彼らにとってそんなに大事なことならまあ付き合ってあげるか。」というモードで。キリスト教系法人の得意分野は広報です。教会には印刷機がおいてあり、300枚くらいの広報物はコピー機ではなく印刷していました。伝道は信仰の基本ですが、その姿勢が今で言うところのアウトリーチにつながることもありました。困っている人を発掘する能力はたいしたものでした。
私が好きな宗教施設は、成田市にあるワット・パクナムというタイ仏教寺院です。バンコクにあるワット・パクナムという有名なお寺の日本分院で、お坊さんが5人も派遣されています。毎朝、読経が午前中にあります。受付でタンブン(寄進)のためのお金を私は3000円払いました。オレンジの袈裟の生地、缶詰や蛍光灯の箱が載ったお皿をもらいます。儀式の際にそれをお坊さんに手渡すのです。私は亡父の遺影を持参して、祭壇に置いてもらいました。ロウソクまで付けてくれて、特等席の気分です。読経中に、亡父の名前も途中で出てきました。言葉はわかりませんが祈ってくれたのでしょう。信者らはタンブンのためのおかずを持参して、お坊さんに配膳します。タイ仏教の僧侶は、基本、タンブン(托鉢)の食事しか摂ることができません。それも1日1回だけ。読経後にお坊さんの食事があり、それが終わるまで参加者は静かに待ちます。お坊さんの食事が終わると、参加者らの食事が始まります。三々五々持ち寄ったおかずを皆でシェアしながら、一緒に食べておしゃべりをするのです。顔見知りばかりというわけでもなく、今日初めて顔を合わせた人たちが、お互いのご飯をシェアしておしゃべりをします。「保健所的にどうなんだ?」などと下衆なことは考えないでください。
タイのお寺はオープンマインドで、やってくる人は誰でも微笑みをもって受け入れてくれます。僧侶も柔和なお顔をしています。女性の場合、決して僧侶に触れてはいけないのですがね。
同行の私の高校時の友人は「日本のお寺も昔はこうだったんじゃないか」といいました。寺子屋であるとか、お寺はコミュニティセンターだったのです。役所でもありました。
私は読経後の皆で食べるタイの家庭料理を食するのを楽しみにしていたのですが、同行の友人はそれを嫌がり、後ろ髪を引かれる思いで成田山へ場所を変えて、うなぎを食べて帰りました。成田山新勝寺でも、本堂ではちょうどお昼の読経が行われていたのですが、こちらは大規模で荘厳でした。すべてがゴージャスです。友人は日本の仏教のほうが慣れていてホッとしていた様子でしたが、私はタイ仏教がお気に入りなのです。タイ寺院での食事は、どこか子ども食堂を彷彿させます。福祉の本質を私の場合はこちらに感じました。
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