ひだまりBlog

主語がない日本語

「なぜ日本語には主語がないのか?」というブログをみつけました。ある日本語教師応援サイトにあったエントリーです。言語にはローコンテクト文化とハイコンテクト文化の2タイプがあり、日本語はハイコンテクトの側面が強い言葉。日本人は対話において「場」を重んじて行われるようなのです。文脈を読む能力が求められその場の人は空気感に同調することを無意識に行っています。

(※以下、「日本語教師コトハジメ」からの引用です)

>>例えば、「公の場」「プライベートな場」、会社やクラブ活動などの「上下関係のある場」等です。この「場」の理解が、日本語や日本社会を理解する上ではとても重要です。

この「場の空気を読む文化」は「ハイコンテクスト文化」とも言います。

コミュニケーションが価値観、感覚といったコンテクスト(文脈、背景)に大きく依存している文化を指します。「察する」「忖度する」「以心伝心」「暗黙の了解」が得意な日本は「ハイコンテクスト文化」の代表格。

逆に、「ローコンテクスト文化」とは、コミュニケーションがほぼ言語を通じて行われ、文法も明快であいまいさがない文化を指します。>>(※引用終わり)

ビジネスの場面で「ちょっと難しいです」「考えさせてください」「考えておきます」

と返答された時にこれは結局どちらなのかわからない場面ってありますよね。

「考えておきます」については関西特に京都においては完全な「出来ません」の意味ですねこれ。関西、関東に限らず、このあいまいな表現は日本語ではよく使われていて、「相手が考えるというからずっと待っているのだが返答が一向にやってこない」なんてこともありましょう。

あいまいな言葉はかつての日本では美徳でした。ですが現在の日本ではビジネス面において不便を感じることはありませんか?

「いったいそれは、主語は誰?」というやりとりを私は年中行っています。言葉を発しながら自分自身でも嫌味ったらしく感じることもあるのですが、ここで双方が考える主語が異なったまま話を終えると、場合によってはとんでもないことにもなりかねません。主語を問う相手は主に世話人さんですが、時には関係機関の相談員であることもあります。経験上、申し上げると、主語があいまいな相談員との仕事はトラブルが生じやすいです。困ったことに相手も私に対して困っているのですね。

「その考えはあなたの考えですか?Aさんの考えですか?」

このように聞き返すこともあります。誰もが日常生活で発生することでありましょうが、グループホームにおいてはご利用者さまとの間で多いやりとりです。

「お母さんが食べたくないご飯は無理に食べなくてもいいといったので、このおかずは残します。」と利用者が宣言をして、代わりに大好きなお菓子をポリポリ食べているという状況はよくあります。(※この例は創作です)

その場にいない誰かを主語にして、「この人(権威のある人)がこう言ったので私はそれに従います」ときっぱりと宣言。ご自身は「正論を述べたまでだ」との気分なのですが、往々にして自分のワガママを通す手段として他人を主語としているのです。「お母さん」「主治医」等の言葉をこちらがいちいち裏取りすることもできませんし。私が知りたいのはそんなことより「あなた自身はどう考えているのだ」ということです。

パーソナリティ障害の人がターゲットとした相手を混乱させるために『ほのめかし』という行為をしますが、この場合も発言の主をはっきり言わずに「みんな」なんていうあいまいな主語を用いて印象を操作していきます。一般の職場でもあることなので気をつけたいものです。

主語が欠けがちな日本語という言語は英語とくらべて欠陥言語レベルにも思えます(私には)。対人のコミュニケーションが苦手な自閉スペクトラムの人たちにはこれは無理ゲーといってもよいのではないでしょうか。

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